Freedom or Liberty

皆さんこんにちは。幼少期から憧れの存在だったと、小原くんより赤裸々告白を預かりました法学部三年の嶋貫一真です。
当時の大楽毛(おたのしけ)小学校は、六年生でありながら130cmの小原君が率いており、私がキャプテンを務めていた鳥取小学校は、この小さな巨人に何度も敗北しておりました。思い出したら悔しくなってきましたので、次会う時には長髪になっているであろう小原君の髪の毛を幼少期時代の丸坊主にしてやろうと思います。

小原君との仲良いエピソードは程々にして本題に入らせていただきます。
 
突然ですが、皆さんはFreedomとLibertyという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
どちらも自由という意味ですが、この二つの自由には大きな違いがあります。
Freedom・・・自由自在、解放されていること、制限がないこと
Liberty・・・不自由からの自由、制限から解放される自由
このような意味合いとして使うことができます。間違っていたらごめんなさい。(笑)
(文句はGoogle先生の方にお願いします。)
簡単に言えば、最初から存在するなんでもやっていい自由なのか、制限から解放されて自ら掴み取った自由なのかという解釈で間違ってはいないかと思います。

この二つを考えた際に皆さんはどちらがより大きな幸せを感じることができると思いますか。
普通に考えれば、なんでもやっていいFreedomだろと考える人は多いのではないかと思います。私もそうでした。しかし一度考えてみてください。

例えば、あなたが一生かけても使い切ることのできない大金を持っているとします。そして10万円の買い物をしました。もう一つは、あなたは10万円の買い物をするためにバイトでコツコツとお金を貯めて買い物をしました。
どちらの場合も自分のお金で買い物をする自由、という点で見れば結果は同じ事です。
しかし、どちらの場合がより幸福感を味わうことができると思いましたか。

私は後者だと考えます。皆さんも一度は必ず無意識のうちに、こういった経験をしたことはあるのではないでしょうか。新型コロナウイルスの影響でも同じことが言えます。今まで当たり前にあった自由が、現在の生活から考えると、とても幸せだったなと感じたことはありませんか。

つまり、この二つの考え方の違いが、FreedomとLibertyという言葉を生み出したのではないかと思います。
こういった考えを持つことになったのは、就職活動を通じてです。
今まで自由にアイスホッケーばかりやっていた私は、現在勉学の壁に当たっているところです。これまでたくさんの時間があり、Freedomの状況に甘えていた私はLibertyに幸福を感じるまで少し時間がかかりました。その中で私の支えとなっているのが週末の存在です。週末だけは完全にOFFを設定していて、これまで当たり前にあった週末とは比べ物にならない充実感を得ることができています。
これもLibertyだからこそ感じられる幸福の一つなのではないかと考えております。
 
皆さんも一度、自分自身の生活を振り返ってみてはいかがですか。
現状に満足している人、そうではない人のどちらの周りにも自由が存在し、幸せが存在していると思います。そして今一度考えてみてください。本当の幸せは何かと。そうすることにより毎日の充実度に変化があると私は考えます。
 
長々と私のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
次回は三年生のラストを飾ります渡邊大くんのブログです。
アミューズメントパークのことならお任せ!!!というくらいアミューズメントの分野に詳しい彼の楽しく、壮大なブログを皆さん期待してお待ちください。
 
最後になりますが、現在当部はオフシーズンを迎えており、それぞれが自分たちの時間を過ごしている最中です。一人でも多くの部員がこのブログを読み、自ら考えさらなる成長をし、また春に出会えることを楽しみにしております。
そして中央大学を応援してくださっている皆様に今年は画面越しではなく、会場で優勝している姿をお見せできるように選手一丸となって努力してまいります。
次年度の応援の程よろしくお願いいたします。

中央大学スケート部アイスホッケー部門

中央大学スケート部 アイスホッケー部門